「仕事は楽しい」という思想の害悪

「仕事は拷問」という意識がサービス残業を撲滅する

あなたはいくらもらえば拷問を受けても我慢しますか?

逆に、あなたは報酬を渡すと約束して相手を殴打した後、その約束を反故にして平気でいられますか?

私たちの中で、理由なく拷問を受けたがる者は居ません。また、殴打して平気な人もいません。ひどく苦痛を味わうものだから、拷問を受けるにはそれなりの条件を用意することになるのです。

本来労働とは「拷問を受けるようなもの」として広く認識した方が健康的だと思います。労働とは労働者に拷問を強いるに等しいという認識が日本全体にあれば、賃金支払いという約束を反故にしてのうのうと会社経営している経営者は皆無になるはずです。

ここを「仕事で成長!」とか「仕事は楽しい!」とか「仕事の報酬は仕事!」みたいなプラスイメージで固めてしまうと、賃金支払いを逃れている経営者や、それを取り締まるべき国の心が痛まなくなってしまいます。

また、労働者自身も「成長するために賃金もらえなくても我慢しよう!」と我慢してしまいます。そして経営者でもないのに「始業前・終業後に営業会議だ!」と言う自称管理職(通称労働者)がかなり居たりしますが、彼らには「仕事は拷問」という意識はありません。

しかし「仕事は拷問」だと考えている外国人や私のような一部の労働者にとって、仕事=拷問報酬が「成長」では、とてもではないですが我慢できないのです。

日本全国民が本当に労働を嫌い、「拷問を受けるか、会社に行くか…。どっちも嫌で迷うわ~!」位になれば、賃金不払いも今よりは改善するはずです。

日本がそろそろそういう社会に舵を切っていく事を切に願っています。

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