働き方改革の成果を、生産性向上で測ると失敗する

働き方改革を議論しているときに「生産性の向上の観点から、テレワークには懐疑的」という意見がありました。

働き方改革先進国アメリカでは生産性の向上が測れないからすでにテレワーク導入は見送られ、「オフィスに出勤」へと回帰しているとかなんとか。

私は働き方改革は生産性の向上の為に導入を検討すると必ず足踏みして失敗すると思う。なぜなら、働き方改革は生産性の向上の為のモノではないからです。

働き方改革で生産性は悪化する? 当然です

政府の言うように、働き方改革の表向きの意図は生産性の向上と言われていて、働き方改革は政府の最重要課題と位置付けられています。

6月にも「働き方改革関連法」が成立し、ますます働き方改革の文字が躍っています。それに付随して、テレワークやサテライトオフィス、テレビ会議などのリモートワーク関連の情報、裁量労働制の拡大や同一労働同一賃金など人事制度の情報があふれています。そして、それらの実効性をうたう際には必ず「生産性」を持ち出して来ています。

生産性の概念を詳しくは説明しませんが、簡単に言うと生産性とは「いかに短く濃く働き、成果を挙げるか」という事です。それ自体は経営者として目指すべき物で間違いはありません。

しかし、問題なのは働き方改革=生産性向上施策という固まった考え方です。

なぜなら、顔を突き合わせて議論する方が生産性が高いに決まっているからです。確かにテレワークも便利ではありますが、フェイストゥフェイスの会議には敵いません。

例えば、顔を突き合わせての従来の会議と違い、テレビ会議は

  • 画面越しに発言をすると空気感が読めなくなるし、
  • 「その場にいる」という一体感も薄れるし、
  • 発言をするタイミングを計る「妙な間」が頻出して時間のロスがあるし、
  • カメラ越しには相手の顔しか見えないので、腕組みや貧乏ゆすりなどの、身体全体から発せられるメッセージも拾えない

ので、「コミュニケーションの場」という観点からみると、テレビ会議は圧倒的に効率が悪く、誤解を生みやすいツールなのです。

会議をやる1時間だけ切り取ると、生産性の観点から「テレビ会議ではなく、会議は顔を突き合わせてやるべきだろう!」という意見は正論になります。

これはオフィスと在宅勤務も一緒です。働くことに最適化されたオフィスと働く以外の「生活」に最適化された自宅とで比較した場合に、前者の方が効率的である事は多いです。

つまり、単純に生産性だけを考えると、オフィスに毎日全員が出勤して会議に出席するというスタイルは実に合理的と言えます。

一方で、テレワークはメンバーが同じ場所に集まらなくてよいという利点がありますが、皆が東京近郊に住んでいれば、その利点も薄れるでしょう。生産性低下のデメリットを払拭するほどではありません。

つまり、テレワークをやったら生産性が上がりました!というよりも、生産性が著しく阻害され、改革の歪みが生じてしまい、売り上げが下がりました!というのは当然の帰結とも言えます。

しかし、それでも私はテレワークをはじめとした働き方改革は本気で導入しなくてはならないと考えています。当然、生産性低下は避けられませんし、利益も減るかもしれません。しかし、それでも導入!です。

生産性が低下して、利益が下がるのになぜでしょうか??

それは、端的に言うと、働き方改革をしないともっと生産性が落ちて、もっと利益が下がるからです。つまり、働き方改革を導入する際に留意するべきポイントは「生産性をどう高めるか?」ではなく「生産性悪化をどう食い止めるか?」なのです。

もはや、働き方改革を導入するかしないか、ではなく、導入することを前提として、いかに折り合いをつけていくかという話になのです例えば今は育児休暇を設定するか否かを「生産性向上の観点」から論じる段階にはないはずです。育児休暇は設定するものとして考えて、ではどのように運用すれば生産性悪化が最小限になるかを検討していますよね。それと一緒です。

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