当たり前の事を当たり前と思うことの難しさ

あなたが飲食店でご飯食べてお金はらったとしよう。そこで周りの店員や客から「スゲー!」とか「キチンと払うなんて立派だよ!」とか「ありがとう!キチンとお金を払って頂いて、めっちゃ助かりました」と言われたら、かなり違和感あると思う。

「え?店で食べたらお金払うの当然(だから、褒められる事じゃない)」と。

逆にあなたがラーメン屋でお金を払ってラーメンを注文したとしよう。しかし店員さんがなかなかラーメンを作ってくれなかった。そして、こともあろうか次に来店した人にラーメンを給仕した。すると、すかさずあなたは店員さんに言うはずだ。

「まだ私のラーメンが来ていない。(店員はラーメンを順番に用意して当然だ)」と。

あなたが、もし、全財産を東日本大震災募金して、Facebookで公表したとしよう。恐らく「いいね!」はいっぱい付くし、「凄いですね!」「尊敬します!」というコメントが乱れ飛ぶだろう。

それに対して「え?困ってる人を助けるのは当然(だから、褒められる事じゃない)」と思えるだろうか?

当たり前に良い事をする、というのはそういう事だ。

あなたがラーメン屋の店員さんにお金を払ってラーメンを注文したとしよう。だが、店員さんはいつまで経ってもなかなかラーメンを作ってくれなかった。あなたは「きっとラーメンを急いで作れない事情があるのだ」と当たり前の認識があるので、ついつい

「何か困った事態が起こっているのだな。無事に解決できれば良いが・・・」と思ってしばらく待ってしまった。

30分も待った。そこで初めて気がついた「ははぁ、単に忘れてしまっているのかな?」

人を信頼する、というのはそういう事だ。

そういう当たり前の事を当たり前にする大人に、私はなりたい。

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